（遅い）

（遅すぎる…）

隠れているように一人の姿は時計タワーの後ろにこっそりと道を見渡る。まるで何かを待ちながら探している、白いワンピースを着く少女は何度も左右に頭を振り続けた。

かわいい帽子に隠れているため少女の顔は見えないが、肩まで伸ばす赤に近い紅茶色の髪、シンプルなデザインの白いワンピースに紅い上着が主の華奢なラインを表せ、ウエッジミュールに着けている足は酷く白い肌が見えた。

思わず通り違っている人々の視線は少女に奪われた。

（遅すぎるよっ何やってんだアイツは…！）

だがその視線にまったく気付いてない少女は道にあるモノの姿を探し続けた。

「そこのお嬢ちゃん」

しばらくすると後ろに声が掛けられ、少女は頭を振り返る。

知らない男二人が居た。

「お嬢ちゃん、ひとりかい？俺達と一緒に遊ぼうぜ。美味しい店が知ってるよ」

（あぁ面倒だ…）

「…待ち合わせしているんだ」

「おっ！意外と低い声だな、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんは随分とここに待っていたじゃん？かわいいお嬢ちゃんを待たせる酷い奴を忘れて、俺達と遊びに行こうぜ！」

あぁ、アイツが来たら先に一発を殴ろうと、少女は心の奥に決めた。

「やっべぇーっ」

急ぎながら道に走る青年。チラッと腕の時計を見かけ、予定より時間は過ぎていると気付き、彼はより速く走り出した。

空と海に溶ける青色の髪は揺れてゆく。

（アイツ、きっと怒るんだろうな…）

一発殴られると予想しながら走る青年。

ようやく目的地に付き、待ち合わせ人の姿が見える同時だった。

知らない二人の男に話しかけられている一人の少女の姿。

思わずため息をつき、青年は気付かれないように近づいていた。

「なぁ行こうぜ？お嬢ちゃん」

「人と待ち合わせしているんだ、行かない」

「そんな酷いこと言わずにー…なぁ？」

言葉を聞かずに手を撫でるように触る男達。

少女は切れた気がした。

「いい加減に…！」

「ぼーうりょくは駄目だよ」

突然後ろに引っ張られた。

いきなりの行動で男が触っている手は離され、相手を殴ろうとする手はいつの間にか暖かい手に止められ、指と指はゆっくりと繋いでいく。

腰を回す腕と胸の温度が伝わってくる。

「遅れちゃってわりぃな」

そしてこの口調と声。

「…ヨハン、てめぇ…」

不満そうに後ろから自分を抱きしめる人物を見ると、青髪の青年の笑顔が少女の瞳に映る。

「ゴメンゴメン」

ヨハンだった。

「ヨハン！お前のせいでオレはさんざ…」

だが怒り言葉が完成する前にヨハンの指は彼女の顎を上げ、

唇は塞がれた。

「――――っ！？」

外のためか恥ずかしさのためか、驚く少女はすぐに抵抗したが無駄に終わった。

まるで甘いお菓子を食べているように舌は何度も奥に入り込み、角度を代わながら甘さを舐める。

深く、深く繋がる様、腰を回す腕は後頭に移り、二人はより深い口付けをした。

「―――…、はぁ…」

ゆっくりと口唇は離れ、少女の帽子は羽のように地面に降り、サラサラとする髪は太陽の下に現れた。

「…で、」

ご馳走したみたいにヨハンは唇を舐め、少女を抱きしめながら二人の男を睨んだ。

「俺の奥さんに何の用かな？」

普通は彼女や恋人というじゃなかったか！

「え、いいえ…し、」

「「失礼しましたー！」」

まるで逃げるように二人の男はあっという間に見えなくなり、ヨハンは溜め息をつき、帽子を拾う時だった。

「…ぐはっ！」

兆しもなく、懐中の少女に殴られた。

しかも見事の拳頭で。

「……じゅう、じゅうだい…」

「さぁヨハン。選択してみるがいい」

痛みを耐えながらヨハンを見下ろし、少女…ではなく、女装している青年・十代は綺麗な笑顔で彼に問う。

「お前、どこの骨を折りたいんだ？」

でも殺気満々です。

「十代！俺が悪かったからやめてくれ！マジでやめろおぉおお―――！」

「オレは聞くとでも思うかぁこの馬鹿ヤロー！」

場所を気にせずに悲鳴は道に上げた。

ファーストデートの思い出

「いてて…十代、もう怒るなよー」

「お前のせいでオレは散々酷でぇーな目にあったぞ！」

「だから悪かったって」

少し前に歩く十代にヨハンは謝る。

仕方ないなと思い、彼は一歩を進め十代と肩を並べた。

「仕方ないだろう？俺は方向音痴だから、最後の道を間違ったってさー」

「その方向音痴の部分は一生も治らないかよ…まぁ予想はしてたんだけど」

「じゃあなんで怒るんだ？」

「心配したんだよ」

「…そっか。わりぃ」

「もういいって」

「それにしても…」

ふと足を止める。

突然止めたヨハンに十代は彼を見ると、ヨハンは自分をジーっと見つめていた。

「…なんだよ」

「十代ってさ、実は女の子か？」

「何を想像しているんだ！」

「だって似合うじゃないか？この服。まるで本物の女の子みてぇ」

「お前とのデュエルに負けてなかったら誰が着くか！」

事情は数日前。

久しぶりにヨハンんとこにたどり着いた十代はヨハンとデュエルをした。途中に話が賭けデュエルに移り、負けた相手は勝った相手に一つ願いを叶うという内容になった。

深く考えずに十代は頷いたが、彼はすぐに後悔した。

ヨハンが勝った時に言い出した願いを聞いた瞬間。

「じゃあ十代は女装して俺とデートしようぜ！」

思わず相手を殴ったのはまた、別の話。

「ったく、ヨハンがこんな願いをするとは思わなかったぜ」

「じゃあ十代はどんな願いを言うつもりなんだ？」

「そうだな…」

少し考え込むと、十代は語る。

「『世界一大きいエビフライを作ってくれ！』…くらいかな？」

「お前な…」

なんとなく思いつけたが、やはり答えを聞くとヨハンは脱力する。

（本っ当に変ってねぇな、十代は）

「…でも、十代とデートが出来て俺は嬉しいぜ？」

青年はクスと笑った。

「俺達、デートなんてしたことなかったからな」

驚いた様、十代はヨハンを見た。

思えば彼の言うとおりだった。

十代はいつも旅に出ていて、年に二、三回くらいしかヨハンと会わないし（たまに年に一度も会わなかった時がある）、まだデュエルアカデミアにいる頃の二人もそういう感情がないため、テートや出掛けはなかった。

ヨハンは何も言わないから彼も気付かなかった。

彼達が一緒に居られる時間は、本当に短いばかりだった。

「…ゴメン」

「十代が謝ることじゃないだろ？」

優しく、ヨハンは目を伏せた十代の頭を撫でる。

すると次の瞬間、彼は彼を抱き締めた。

「…ヨハン？」

「十代は気にしているだろう？…皆の視線」

ヒクッと肩を跳べる十代。

ヨハンは続いた。

「俺は構わないけど、十代は男同士がデートしている事を見られたくないと感じた。だったら十代に女装させるしかないだろう？」

「…お前がやればいいだろ、じょそ…」

「気持ち悪いこと言うじゃない。っつーか空気読め」

「オレのなら気持ち悪くないとでも言いたいかよ」

寧ろかわいいんだよおおおお

とヨハンは心の奥に閉めといた。

「本当は十代の女装を見たかったのは確か…げぶっ」

見事に腹部はまた殴られ、二度目のダイレクトアタックに、流石のヨハンも痛みが我慢できなくなり、空色の瞳は水気によって潤いだ。

「じゅう、じゅうだい…お前な！」

「ヨハン」

青年の前に伸ばす一つの手。

痛みも忘れ、跪いたヨハンは手の主に顔を上げると、

穏やかな笑顔が視線に入り込んだ。

「楽しい一日をくれるだろう？今日」

「―――……あ、たりまえだ！」

一瞬呆れたが、すぐに笑顔を上げ、ヨハンは十代の手を握った。

「一生忘れない思い出をくれてやるぜ、覚悟しとけ」

「それは楽しみだ」

二人は手を繋ぎ、

再び肩を並べ始めた。

短くて長い一日だった。

始めに二人は先にカフェで食事を済ませ、エビフライ定食を幸せそうに食べている十代にヨハンは思わず噴き笑ったり、後はすぐにカードショップまで突撃して新しいバッグを買ったり、二人は緊張しながら開けたら見事に自分のデッキに合わないカードばかりなのに相手のデッキに合うことに苦く笑った。

途中にどこに行けばわからなくなり、本屋に周りのガイド本を買って歩きながら読んだり、通る道にいるお菓子屋に入ったり、冗談で女性の服装を買う店に入ろうとするとヨハンは十代に怒られたり、アイスを食べながらいろんな店を見たり…

…食い物ばかりだが。

二人は凄く楽しんでいた。

まるで何年振りも笑っていないみたいに二人はずっと手を繋いで、笑顔のままだった。

ぬいぐるみを手に入れ、二人がゲームセンターに出るところ時だった。

「いやだいやだー！ぼくはあれがいいのぉー！」

「コラ、皆に迷惑かけないで」

ゲームセンターの外に子供と女性が立っていた。子供の母だろうか、二人は何かのために喧嘩しているように見えた。

「嫌だーぼくはあれがいいの！あのぬいぐるみ！」

小さな指はあるぬいぐるみを指す。あれは十代のと同じモデルだ。

「仕方ないでしょう？ゲームに負けたから、手に入れないよ」

「だって、だってー！」

「代わりに…はい。アイスを買っておいたから、ね？」

「う…ううー……だってあのぬいぐるみ、おじいちゃんがくれたのと同じ、…うえぇー」

「……」

チラリとヨハンを見上げ、分かったようにヨハンが十代に頷くと彼は手を離れ、子供の前に跪いた。

「はい」

「…え？」

いきなり視線に入ったぬいぐるみに子供は泣き声を止め、顔を上げた。

「これ、あげる」

「……ぼくに？」

「いいえ、そんな！」

「いいんだ。お…私より、ぬいぐるみはこの子のところに行きたいと思うから」

「本当に、ぼくにくれるの？」

「あぁ。それとも嫌か？」

「ううん！ありがとう！ワーイー！」

喜びながらぬいぐるみを取り、思わずソレを空へ飛ばすと、

「｢あ｣」

アイスも一緒に空へ。

「ぷっ…くはっはっははぁ」

「これ以上笑うなヨハン！」

結局、ぬいぐるみは無事だが子供を庇った十代はアイスにダイレクトアタックされてしまい、服はアイスに濡れられ、仕方ないと思うヨハンは近くのホテルを取った。

「どうだ？綺麗に取れたか？アイス」

「んー…なんとか」

バスルームのドアの前にヨハンは中の十代に問う。

「近くにもトイレとかあるだろう？あそこで洗えばいいじゃん？一応、ズボンは持ってきたんだし」

「風邪を引いたらどうすんだ？それにズボンは持っていても上着はないだろう？夜だし、一泊した方がいいと思うぜ？」

「へいへい」

「それとも何だ？十代は俺と同じ部屋に泊るのは嫌か」

「嫌ならとっくに逃げたよ？」

クスとヨハンは笑った。

「じゃあ俺、着替えを準備する間に十代はお風呂入ってもいいぜ」

「あぁ、ありがと」

足音が離れ、十代は洗い終わったワンピースと上着をハンガーに入ると、改めて鏡の自分を見つめる。

「……女、か」

少しだけ、彼は複雑な表情を上げた。

しばらく風呂に入った後、ドアを敲く音と共に青年の声が聞こえる。

ヨハンだ。

「十代。服はドアの前に置いていくぞ」

「あ、サンキュ。ヨハン」

「ゆっくり……、……。」

だが突然、話が止まってしまった。

「？」と十代は頭が傾ける時、声はまた聞こえたが、

「十代」

「どうした？」

「邪魔するぜ」

「…へ？」

衝撃しか思わなかった。

まだ反応できない間に青年はすでにドアを開け、上着を脱いだ彼を見て十代は思わず呆れる。

「え？ちょっ　ちょっと」

まっすぐと自分に向かうヨハン。本能なのか、疑問が頭に現れた体は自動的に相手を避け、後ろに向く瞬間、

お湯の音がした。

青髪の青年は風呂の前に跪き、紅茶髪の青年を自分の肩に預け、

彼を抱きしめた。

「―――…ヨハン…？」

返事がなく、青年はただ彼を抱きしめる。

肌から彼の胸の音色が伝わっていく。

…少し、落ち着く

「大丈夫か？」

「え？」

「少し、切ない声がしたぜ」

「……――――やっぱ、ヨハンは凄ぇな」

一瞬迷うがお湯から腕を上げ、十代はヨハンの背中に手を回す。

ボタボタと水滴は笑顔と共に降りこんだ。

…ところで、風呂入らないのか？

狭くなるからやめとく、デュエルアカデミア頃の温泉とは違うし

オレは別に構わないぜ？

俺を誘うなっていう意味だ！

……あ、わりぃ…

「ゴメンな、十代」

「ん？」

風呂の前に座るヨハンを見る。

「本当は嫌だろ？女装」

「うん、嫌だ」

「だよなー」

「でも、」

少し視線をそらして、十代は天井を見た。

「ヨハンの喜び顔が見えたから、嫌じゃなかった」

「…え？」

「最初はなぁ？本当にすっげぇー嫌なんだ。男なのになんで女装しなければいけないんだ！なんてさ。でもヨハンは服まで準備してオレにくれた時、顔は凄く嬉しそうで…なんでだろう？とオレは前の晩、ずっと思った。…そんで、今日のヨハンを見て分かったんだ。ヨハンは、オレとのデートを楽しみしてるんだって」

「……十代」

「女の格好をしているけど、ヨハンはそれで喜ぶならオレも、女装は嫌じゃなかった。…女じゃ、ねぇけど……っ？！」

「こんなこと言うじゃない」

いきなり腕が掴まれ、力軽く顎は上げられると思う同時に柔らかいモノは唇に触る。

水の音が耳に響いていた。

重なるだけの、優しいキス。

「…俺が悪かった」

少し青年をお湯から起きられ、まるで寒くさせないようにヨハンは彼を腕の中に抱きしめた。

「そうだな、俺は忘れたかもしれない。確かにお前の女装を見たいけど、お前を女の子として勘違いしたいじゃない。十代は男だっていいのに、お前の女装を見たいなんて言い出して、お前を傷付いたんだ」

「…そんなことねぇよ。オレはヨハンとデートできてうれし…」

「なんで！」

少し大きな声がルームに響き回っていく。

「……なんでお前はいつも、俺に願いとか言わないんだ…！お前は俺の願いを叶うばかりじゃねぇか。俺は十代の願いを叶えたいんだよ」

「…じゃあ、さ」

ゆっくりと近づき、触るだけのキスをする。

「オレを放さないでくれ」

「オレを抱きしめてくれ」

「オレに、…」

少しずつ、十代はヨハンの肩に寄せ、目を閉じながら語る。

「―――…オレに、『愛してる』といって、くれ……」

「…？！ってオイ、十代！」

意識が消えた瞬間に肩や体は重くなり、どうしたかと思うヨハンは焦って懐中にいる青年を見る。

「……スー…」

「寝るかよっ！？」

っていうか風呂の中に寝るなー！

あぁそういえばこいつ、どうして自分が彼の女装を見たいと前の晩、考えていたって言ってたな…とヨハンは頭を左右へ振りながら思い出す。

近くに置いているタオルを簡単に拭き、大きめのタオルを十代に掛けるとヨハンは彼を抱き上げ、寝室に戻る。

ナイトローブに着かせ、優しく髪を乾かしてヨハンは十代をベッドに寝かせた。布団を肩まで掛け、彼もシャワーしに行こうと思う時だった。

腕は何かに引っ張られている気がした。

「………――――」

十代の手、だった。

眠っているはずなのに指はしっかりと腕を掴まっていて、まるで放すと二度触ることができないみたいに。

「…十代」

初めに手を撫でるように触る。

一本、一本ずつと指先を確かめるように撫で、ゆっくりと繋がりながら交じり合う。空いた手は軽く、羽を毀さない様、胸の位置を触る。

優しくて、ゆっくりで、緩やかで口唇は肌にキスを贈り、応えているみたいに心臓は一瞬、大きな響き音が聞こえる気がした。

「十代」

神への祈り様、暖かい色の鳶髪を耳から離れ、穏やかな思い込める息は耳元に届く。

「愛している」

反応するように顎は小さく動く。

「愛している」

呪文のような、優しく、強くと繰り返す言葉に、閉じる目元はゆっくりと澄む涙が降る。

無声で、静かに降り続く。

「だから、決して放さない」

唇で雫を傷付かないように取り、ゆっくりと指先を閉める口唇を開き、

頬に手を置く。

少し、少しと近づく。

「―――愛している、十代」

すべての気持ちは慈しまれ、想い込まれた様、二人の唇は重なり合った。

久しぶりに、オレは夢を見たんだ。

夢のオレは暗い闇の中にいるけど、誰かがオレを抱きしめた。

オレを守っているみたいに強く抱きしめてくれて。

顔は見なかったんだけど、その人はとっても暖かい。

胸の音を聞くと凄く落ち着く。

…あぁ。この音だ。

オレを守って、抱きしめてくれて、

『愛している』と言ってくれた人。

ゆっくりと目を開き、自分を抱きしめながら眠る青年に十代は彼の背中に腕を回す。

小さく、でも優しい声で伝う。

（ありがとう）

――――オレも、愛しているよ

ヨハン

Fin

オマケ

「おはよう、十代…」

「……んー…おはよ、ヨハン…ってあれ？なんでヨハンはズボンのまま寝ているんだ？」

「よく言うぜ。お前、風呂の中に寝ちまったくせに俺の手を離さないからだろ」

「って、え？オレ、風呂の中に寝ちゃったか？」

「覚えていないか？」

「えっと……」

「覚えていないか……まぁどうせそういうオチ…」

「『愛している』」

「っ？！」

「…っと聞こえたような、自分が言ったような…」

「へ？ちょっとまて、十代。今すぐに俺に言ってくれ」

「え？何を？」

「さっきの言葉！もう一回！」

「……言わない」

「十代、頼む！」

「こんな恥ずかしい言葉、二度と言えるかっバカ！」

「俺は今すぐに言えるぞ！あいして…」

頼むから言うな！

デートの始まりは一つのキス。

そして終わりは愛の言葉を入り込むだ

唐突なキス。

ファーストデートの思い出

Fin