ファーストキスまで何センチ? Secret of Halloween 本文へジャンプ
 


10月31日は万聖節の前夜祭。いわゆるハロウィンである。
DAでもこの日は盛大な仮装パーティが開かれる。そして、デュエルを学ぶ学校だけあって、「仮装はDMのモンスターに限る」というルールが存在し、毎年、誰が何の仮装をするのか、皆興味津々でこの日を迎えることとなる。


この日ばかりは、所属寮に関係なくDAの全生徒がブルー寮の大広間に集まる。
ジャック・オ・ランタンがあちこちで幻想的な光を放ち、パンプキンパイをはじめとするハロウィンの食べ物が所狭しと並べられている。

「十代!」

声に振り向く。ヨハンだ。襟を立てた漆黒のマントがよく似合っている。

「十代はブラック・マジシャンか。武藤遊戯の象徴だもんな。似合ってるぜ」
「ああ、サンキュ。ヨハンは?吸血鬼?」

ヨハンはひらりとマントを翻した。

「ヴァンパイア・ロード」
「ああ、なるほど」

ヴァンパイア・ロードはヨハンに髪の色が似ている。それにスーツの袖口からフリルが覗いているのも特徴のひとつで、確かにヨハンにぴったりだ。

「やっぱり、魔法使い族とアンデッド族が人気みたいだな。ハロウィンで仮装とか初めてだからなんかワクワクするぜ」
「え、そうなのか?」

十代は驚いてヨハンの顔を眺めた。ヨハンはヨーロッパから来た留学生だ。ハロウィンって向こうが本場なんじゃないのか。

「だって俺カトリックじゃねえもん」
「カトリックって何だ?」

ヨハンは頭を抱えた。

「う、そうか、俺も仏教のことはわからないから当然か。でも、その説明をしてたら今日が終っちまうしな。まあ、手っ取り早く言えば宗派の問題だ。万聖節はカトリックの聖人を讃える日で、ハロウィンはその前夜祭にあたる。でも俺はカトリックじゃなくてプロテスタントだから、万聖節を祝う習慣はない。先祖を敬い、死者の霊を慰めるって意味で墓参りには行くけど、仮装パーティとかはしないな」
「へえ。じゃあヨソの家のドアをノックして“お菓子くれ!”ってのはなし?」
「ないない。第一北ヨーロッパで10月の終わりにこんな格好で外に出たら凍死する」
「ふうん」

ヨハンの国は北にあるとは聞いていたが、そんなに寒いのか。
もっとヨハンについて知りたい、と思った十代だったのだが・・・。

「あら、十代にヨハン、なかなか素敵じゃない」

聞きなれた涼やかな声に遮られた。この声は

「明日香?!」

DA一の美貌と、恐らく十代を除いては最高のデュエルの腕を持つ、才色兼備のDAの女王、天上院明日香である。後ろにピケルの扮装をした枕田ジュンコとクランの格好の浜口ももえを従えている。そして、肝心の明日香が選んだ衣装はというと

「へえ、明日香はブラック・マジシャン・ガールか」

そう言うヨハンに明日香はこの上なく美しい微笑みを浮かべて頷いた。
この衣装は露出度が高めなこともあり、かなりプロポーションに自信がないと着こなせないものなのだが、明日香はまるでカードからそのまま抜け出してきたかのように美しい。いや、胸元の色っぽさなどは本家をも凌駕している、といっても過言ではない。

「十代はブラック・マジシャンなのね」

明日香が呟く。恐らくは十代の着る衣装を予測してこれを選んだ、というのが本音なんだろう。自覚しているかどうかはわからないが、まず間違いなく明日香は十代を意識しているな、とヨハンは思った。

「明日香はブラマジガールか、よく似合うぜ」
「そう?」

十代の言葉に明日香が頬を染める。
へえ、十代にしては上出来じゃないか。そうヨハンが思った時だった。

「そういえば、前にトメさんもその格好してたな。あれもなかなか良かったけど」

バカ、それは今言うことじゃないだろ。空気読めないのにも程がある。
案の定、それまで柔らかかった明日香の表情が一変し、彼女はたちまち美しい眉を吊り上げた。

「トメさんじゃなくて生憎だったわね。行くわよ、ジュンコ、ももえ!」

つんと形の良い顎を上げると明日香は行ってしまった。ゾンビ・マスターの万丈目が目ざとく彼女を見つけ、あらん限りの賛美の言葉を送っている。明日香もようやく機嫌を直したらしい。

「明日香のやつ、なんで怒ってるんだ?」

そう呟いてヨハンの方を振り返った十代は親友の冷ややかな視線を浴び、首をかしげた。

「俺は明日香に同情するな。失礼だろ、十代」
「なんで?」
「だから、少しは女の子の気持ちも、あ・・・」
「ヨハン?」

ヨハンの視線が自分の背後に移動したのに気付き、十代が振り返ろうとすると

「十代さま!」

いきなり抱きつかれた。こういうことをする人物は一人しか思い当たらない。それはもちろん

「レイ!いきなり抱きつくな、っていつも言ってるだろ!」
「だって、十代さまの衣装も魔法使いだから、私たち、やっぱり運命の相手なんだ!って思って」

レイの衣装は「カードエクスクルーダー」だ。
とても可愛らしい少女の魔法使いで、攻撃力は低いが、相手の墓地のカードを除外するという強力な効果を持っていて、十代のデッキにも入っている。

「早乙女レイ、十代さまのお役に立ちます!ってことでこの衣装にしたんだよ!」
「わかった。ありがとう、レイ。わかったから離れろ」
「もー、相変わらず冷たいんだから」

レイは十代を睨みながらも渋々離れた。
ヨハンはそんな二人を面白そうに見ている。こいつ、他人事だと思って楽しんでやがるな。十代はヨハンを思い切り睨みつけてやったが、ヨハンは平気な顔だ。
くっそー、あとでデュエルでコテンパンにしてやる。
十代がそう思っていると、ふいに会場がざわめき、次の瞬間、

「きゃーっ!」

という女子たちの黄色い声が飛んだ。

DA全女生徒の憧れの的、天上院吹雪が現れたのだ。
衣装は「天空騎士パーシアス」白い翼を持つ天使族の騎士、大仰とすらいえる姿はうっかりするとお笑いになってしまうのだが、さすがはDAの王子と異名をとるだけあって、衣装の華やかさに全く負けることなく見事に着こなしている。まるで本当に天から舞い降りた騎士のようだ。会場のあちこちで感嘆のため息が漏れた。

「さすがは吹雪さんだな」
「ああ、あれは他の人間には絶対真似できない。吹雪さんだから許される格好だよな」

ヨハンと十代はこっそりと呟いた。

「会場にお集まりの紳士、淑女の皆さん」

吹雪が口を開き、皆が彼に注目する。

「素晴らしいハロウィンの夜となりました。どうぞ存分にお楽しみください。そして、今宵を一層盛り上げるため、ちょっとした余興を企画いたしました。今宵は死者の魂が甦る夜、思いがけぬ出会いがあるやもしれません。その導きにより、愛が芽生えるというのも十分にあり得ること、そうは思いませんか」

吹雪は微笑んだ。期待感に会場がさらにざわめく。

「愛を求める、すべての決闘者のために“ハロウィン・カードファインディング・ツアー”の開催をここに宣言します」

「かーどふぁいんでぃんぐ?」
「カード探しの旅ってことだろ、お宝カードでも見つけろってことかな」

意味のわからない十代にヨハンが解説する。

「わがDAには、ご存知の通り、美しい森が存在します。森は精霊にとって最も心安らぐ場所、まして今宵はハロウィン、見知らぬ精霊たちがあなたに語りかけてくるかもしれません。」

“精霊”と聞いて、思わず十代とヨハンは身を乗り出した。

「実はさきほど、この先の森の中に先生方がカードを隠してきました。どこに何のカードが隠されているのか、私を含めDAの生徒は誰も知りません。そこで皆さんには、そのカードをできるだけたくさん見つけていただきたい。見つけたカードは自動的に拾った人のものになります。そして、最も多くのカードを見つけた方には、こちらを進呈します。」
吹雪の視線の先には、「マジシャンズ・ヴァルキリア」のセイコが2枚の額を持って立っていた。その中に収められているのは、伝説のカード「ブラック・マジシャン」と「青眼の白竜」である。会場が大きくどよめく。

「まあ、落ち着いて。残念ながらこちらは本物ではなく、レプリカです。デュエルに使用することはできません。しかし、きわめて本物に忠実に作られた限定品です。」

「すげえ・・」
「初めて見た」

十代とヨハンも感動して、深いため息をついた。
もう、どちらも流通することは決してない、幻のカード。たとえレプリカであろうと欲しいと思うのは当然のことだ。

「しかし、女性に夜の森を歩かせるのは忍びない。そこで、参加者には二人一組のカップルになっていただきます。」

会場がまた大きくどよめいた。夜の森で二人きり、物音に驚いた彼女がしがみついてくる、などという嬉しいハプニングは十分期待できる。
しかし、この学園の女生徒は全体の3割に満たない。どうやって決めるつもりだろう。自由にパートナーを選ぶということであれば、天上院兄妹に希望が集中し、大混乱に陥ることは必至だ。

「では皆さん、この箱の中には人数分のキャンディが入っています。そして、そこに書かれている番号が合ったもの同士がカップルになります。まずは女性からキャンディを引いてもらいます。番号を確認し、女子同士で同じ番号を引いた場合はそれを戻しもう一度引きます。女子がすべて違う番号になったら、男子の番です。女性のみなさん、どの番号を引いたのかは、男子がすべて引き終わるまで内緒ですよ」

そう言うと吹雪はウインクした。きゃあーと女子たちが叫び、次々にキャンディを引いていく。一度女子同士で番号が一緒になったが、引きなおしにより、女子の番号がすべて決まった。
男子に順番が回り、皆、内心祈るような気持ちでキャンディを取った。

そして、いよいよカップル発表のときがやってきた。
数人の女生徒が自分の番号を発表し、同じ番号の男子が小躍りして名乗り出る。
だが、今のところ十代もヨハンも自分の引いた番号は呼ばれていない。

「お、次は明日香だぜ」

ヨハンが十代に囁く。DA中の男子の憧れ、天上院明日香のパートナーに選ばれる幸運な男は誰だ。緊張が高まる。

「12番です」

明日香の美しい声が響き、会場中に失望のため息が溢れる中、

「俺だ」

と名乗りを上げたのは、留学生のひとり、ジム・クロコダイル・クックである。「六武衆ーヤイチ」の姿は長身の彼によく似合う。

「よろしくね、ジム」

明日香がにっこり笑い、ジムは大きく頷いた。

「こちらこそ、tomorrow girl。俺はDA一ラッキーな男だな」
「うふふ、ありがとう。私もパートナーがジムで頼もしいわ」

DA中の男子の羨望のまなざしの中、二人はにこやかに話しながら、用意されたランタンを手に部屋を出ていった。

「明日香はジムか。羨ましくないか、十代?」
「なにが?」
「なにがって、まあいい。あ、次はレイだぜ」

「わたしのパートナーは25番の方です!」

「僕だ。よろしく、レイちゃん」

手を上げたのは吹雪だ。「いやー!」と、残った女子から悲鳴が上がる。
しかし、くじ引きでさえ、ちゃっかり女子を射止める吹雪はさすがだ。

「えへ、よろしくお願いします。」

レイの本命はあくまで十代なのだろうが、全女生徒の憧れの存在、吹雪がパートナーとなれば悪い気がするはずもなく、レイは嬉しそうに頬を染め、吹雪に寄り添いながら会場の外へ消えた。


その後も次々に女子に呼ばれた男子たちが嬉々として会場を後にし、ヨハン以外の留学生オブライエンとアモンもそれぞれ女子を射止めた。だが十代とヨハンの番号は一向に呼ばれる気配がない。見れば、万丈目、翔、剣山もまだ残っている。
そして、ついに最後の女子となった。

「8番の方、どなたですか?」
「俺だ!やった。ははは、やはりな。この万丈目サンダーがあぶれるなどということを天が許すはずがなかろう。残念だったな、貴様ら」

勝ち誇ったように十代たちにそう言うと、万丈目準が最後の女生徒の手を取った。
これですべての女子がいなくなってしまい、後に残されたものたちの失望のため息が会場を包んだ。

「あのー残った男子はどうするんですか?」
「ああ、一応二人一組ってことだから、各自、自分と同じ番号を持った人を探すノーネ」

質問に答えるクロノス教諭もどうでもよさそうだ。女子にあぶれた生徒たちは仕方なくパートナー探しを始めた。

「残念だったな、仕方ない。パートナー探すか。十代、お前何番だ?」
「31番」
「そうか、俺は31番。ん?」

二人は顔を見合わせた。

「お前かよー?!」

思わず同時にそう叫び、次の瞬間、腹を抱えて笑いだした。

「まさか、お前がパートナーとはな。女の子でなくてちょっと残念だけど、十代と一緒にカード探しも楽しそうだぜ」
「ああ、絶対優勝して、ブラック・マジシャンとブルーアイズ手に入れようぜ」

二人はたがいにしっかりと頷いた。

ロビーには、DAの全生徒が集結した。二人組で、一人が灯りとなるランタン、もう一人がカードを入れるバスケットを手にしている。

「では、カードファインディングスタート、ナノーネ、みんな頑張るノーネ!」

クロノス教諭の声とともに、皆一斉に森を目指す。
十代とヨハンも駆け出した。
ブラック・マジシャンとブルーアイズは俺達のものだ。



「あ、あったあった」
「え、何だ。ヨハン、何見つけた?」
「火霊使いヒータ」
「おお、さっき“きつね火”見つけたし、いい感じじゃん。“火霊術―紅”とかも欲しいところだよな」
「案外、近くにありそうだな。このへん重点的に探すぞ」
「よーし!」

もともと“三度のメシよりデュエルが好き”という二人だ。いつしか賞品のことも忘れ、ふたりは夢中でカードを探した。

そして、森の奥深くまで入り込み、かなりの数のカードを見つけた。最初は他のカップルともすれ違ったりしていたのだが、時を忘れてカードを探すうちに、誰とも会わなくなった。

「今、何時ごろかな」

ふと十代が呟く。しんとした森の中で、その声は妙に大きく響いた。

「いや、わからない。時計は持ってないから。そろそろ帰るか。カードもカゴいっぱい拾ったし」
「そうだな」

十代は後ろを振り返る。そこには鬱蒼とした森が広がっており、人どころか動くものの気配すらない。

「ヨハン、俺たち、どっちから来たんだっけ」
「え?」

二人はカード探しに夢中で重要なことを忘れていた。
ヨハンは方向音痴だ、すぐに進行方向を忘れてしまう。そして十代のほうもお世辞にも方向感覚のあるほうだとはいえない。

「俺達、迷ったってことなんじゃ・・・」
「どうやらそうらしいな」
「ヨハン、出口わかりそうか?」
「俺にそれを期待するのは無謀ってもんだぜ」
「そうだったよな・・・」

二人は森の中で呆然と立ち尽くすしかなかった。
どうしよう・・・。



それからしばらく、森の中をあてどもなく歩いてみたが、何も手がかりはつかめず、誰にも会えない。二人は疲れ果て、大きな木の根元に座り込んだ。

「ここでしばらく休もうぜ、十代。灯りに気付いて、そのうち誰かが見つけてくれるかもしれないし」
「そうだな。体力温存してたほうがいいかもしれない」

ヨハンが手にしたランタンを地面に置いた。オレンジ色の光がヨハンの顔を照らす。
ヴァンパイアの扮装をしているせいか、それともランタンの幻想的な光の効果か、ヨハンの整った顔立ちがいつもより更に美しく見え、十代はどきりとし、思わずヨハンの顔から目を逸らした。

「どうした、十代?」
「い、いや。ヨハンそんなカッコしてるからさ、似合いすぎて怖いっていうか。暗いし、静かだし、何か本当に血吸われそうな気がしてさ。首に噛み付いたりするなよ」

内心の動揺を気取られたくなくて、十代は冗談めかしてそう言った。
そんな十代を見て、ヨハンはふっと笑うと十代の耳元に口を近づけた。

「そんな野蛮なことはしないさ。ヴァンパイアって、本当は首に噛み付くわけじゃないんだぜ」
「え?」

ヨハンの方を見た十代は、すぐ近くにヨハンの端整な顔があるのに気付き、一層うろたえた。

「ど、どうするんだ?」

何だかものすごくどきどきする。ヨハンは妖艶に微笑んだ。いつもとは別人みたいだ、ハロウィンだし、ほんとに吸血鬼に乗り移られたとか、いや、そんなバカな。

「唇からエナジーをいただくんだ、こうやって」

言いながらヨハンは十代の細い顎を掴んだ。そしてそのまま唇を近づけてくる。

ちょ、ちょ、ちょっと待てヨハンー!それってキスじゃないか。
俺まだ女の子とのキスも経験してないってのに、男にファーストキス奪われるのかよ!
それはあんまり、でも、ヨハンって男とは思えないほどキレイだし、まあいいか。い、いや、やっぱりそれは。
目の前にはヨハンの顔、唇と唇の距離はわずかに数センチ。
心臓が爆発しそうにドキドキし、なぜか抵抗も出来ないまま、十代は硬直していた。

と、
いきなりヨハンがぷっと吹き出した。

「十代、完全に固まってるな」

言葉と同時にヨハンの顔が離れた。ほっとしたような、ちょっと残念なような、いや、何考えてるんだ俺は。

「ヨハン、からかうのもいい加減にしろ!」
「あはは、ごめん。少しでも場が和むかと思ってさ」
「和むか、バカ!」

十代はぷいと横を向いた。冗談だってのに、あんなにどきどきした自分がバカみたいだ。

「じゅーだい、ゴメンって。そんなに怒るなよ」

ヨハンが十代の顔を覗き込む。十代は上目使いでヨハンの顔を見上げた。

「ヨハンは慣れてるのか、その、キスとか」
「いや、別にそうでもないけど」
「したことはある?」
「そりゃ、あるけどさ」

何だか胸の中がモヤモヤする、何でだ?

「ファーストキスっていつだった?」
「家族以外で?」
「うん」
「えーと確か12の時。同級生の子と」

じゅ、じゅうに、はやっ!

「その子とは今も付き合ってるのか?」
「いや、付き合ったとかそういうんじゃないな。友達だし、キスっていっても友情の延長っていうか、感謝の気持ちとか、そんな感じだった」
「ふうん」

ヨハンって大人なんだな、ちょっと差をつけられた気分だ。

「男同士でもキスするもんなのか、ヨハンの国じゃ」
「いや、ふつうしないな。俺もしたことないし、したいとも思わないし」

じゃあ、さっきのは何なんだよ。冗談にしても顔近すぎだったぞ。

「十代がしてみたいっていうなら、してもいいけど」
「誰がそんなこと言った?!冗談やめろヨハン!」

冗談なのか、本気なのか再び顔を近づけるヨハンに十代は焦り、後ずさる。その手に何かすべすべとした感触のものが当たった。見なくてもわかる、カードだ。

「あれ、こんなところに」

そう十代が呟き、カードを拾い上げた。そのとき、カードから笛を手にした翼をもつ少年が飛び出してきた。

「精霊!?」
「幸運の笛吹きだ」

ヨハンと十代は思いがけぬ精霊の登場に驚き、精霊の少年を見つめた。

“あれ、きみたち、ボクが見えるの?珍しいな、二人同時って”

少年はにっこりほほえんだ。

“こんな夜にどうして森にいるの?今夜はハロウィンだから、魔女が出てくるかもしれない、早く家に帰ったほうがいいよ”
「そうしたいのはやまやまなんだが、帰り道がわからないんだ」

少年の問いにヨハンが答える。少年は首をかしげた。

“さっき、ここをボクとそっくりの格好をした人間が通ったよ。「炎の剣士」の格好をした人と一緒だった”
「翔と剣山だ!」

十代が叫んだ。

“その人たちはここを真っ直ぐに行ったところの大きな洞のある木のそばを右に曲がった。「たくさんカード集めたし、早くかえろう」って言ってたからたぶん、そっちにいけば帰れると思う”

「そうか、どうもありがとう」

十代が礼を言うと、少年はふたたびにっこり微笑むとカードの中に消え、再び出てくることはなかった。
「あれ、もう出てこないのか」

十代が名残惜しげにカードを眺めたが、もう精霊の気配は感じられない。

「ハロウィンだから、特別に出てきてくれたのかも知れないぜ」

ヨハンが微笑む。

「そうかもな」

十代はヨハンに微笑み返すと、少年に教えられた道を辿った。ほどなく視界が開け、翔と剣山が目の前に現れた。

「あーアニキ。どこまで行ってたの。みんな心配して探してたんだからね」
「そうだドン。まさかわざとヨハンと森の奥まで行って妙なことしてたってわけじゃないザウルス?」
「みょ、妙なことって何だよ。何もないに決まってるだろ。カード探しに夢中になってるうちに森の奥に入ってしまっただけだって」

ついさっきのことを思い出し、赤面する十代とそ知らぬ顔を決め込むヨハンを剣山は疑わしげに眺めた。



迷子になってまで熱心にカードを集めた甲斐あって、十代とヨハンはカードファインディング・ツアーで優勝し、レプリカを手に入れることができた。


「やったな、十代」

ブルーアイズの入った額を手に、爽やかに微笑むヨハンに十代がちょっとだけどきどきとしたのは、永遠に秘密だ。


                         END




ハロウィンにちなんで書いたものです。
どきどきする十代を書きたかったんです。恋愛感情とは微妙に違うとは思うのですが、同性でもどきっとする瞬間ってあると思います。
ヨハンが何を思っているかは、ご想像にお任せします

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