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月紫華麟さまのサイト「For singing your name」より、
フリーだとのことでしたのでヨハ十素敵小説をあつかましくもいただいてまいりました。

                                           

 
異国の街並みは、白く彩られていた。
すでに厚く積もり始めているその白雪は、これから冬が深まるにつれさらに街を覆い尽していくという。
店の前に飾られたモミの木の雪は、当然本物だ。白い綿などではない。ベツレヘムの星を頂くツリーはそこかしこにあり、今が一年の最後の月であることを感じさせた。

「感想は?」

「すげぇ!」

「寒い!」

眼を輝かせる十代と、上着の襟を寄せる万丈目。対照的な二人の反応に、ヨハンは笑った。
三人とも冬の服装だが、ヨハンは他の二人に比べると軽装だ。暑さには弱いが、寒さには強い。それは、この国で生まれ育ったからだ。

「真冬はこんなもんじゃないぜ?」

「そんな時期までいられるか、馬鹿者!」

万丈目が眼を吊り上げる。鼻の頭が赤くなっており、少々鼻声だ。どうやら寒いのが得意ではないようで、外に出てからずっと不機嫌である。
一方の十代はといえば、日本ではまず見られない異国の冬景色が気に入ったようだ。あちこちを指差しては、ヨハンに質問してくる。楽しそうな親友兼恋人に、ヨハンは上機嫌だ。

「連れて来てくれてありがとな!」

「そんなに喜んでくれると、俺も嬉しいぜ」

笑顔の絶えない二人から僅かに距離を置きつつ、万丈目はイラついた溜息を零した。

「だいたい、なんで俺が一緒に来なければならないんだ! 二人きりでいいだろうが!!」

「最初はそう思ってたんだけどさ。お前も呼べって、母さんが」

「どうして!?」

万丈目はヨハンの家族(人間の方)と面識は無い。それなのに何故、里帰りのとき連れて来いと言われるのだろうか。
すでに多くの足跡で踏み均された道を行きながら、ヨハンは少しだけ振り返った。

「『お世話になったんだろう?』、って言われちゃって」

詳しくは書かなかったけど、留学中は手紙を送ってたからさ―――声には少し照れが混じっていて、万丈目はまだまだあった苦情を飲み込んだ。

「・・・・・・まあ、世話を焼いてやったことは否定せん」

素直でない言い方に、ヨハンが吹き出す。黒曜石の眼が震える背を睨み付けた。
少し前を行っていた十代が、二人のやり取りに気付いて引き返してきた。弾む息は白く、鼻は万丈目と同じように少し赤かった。

「ヨハン、おまえの家って近いのか?」

「この街の外れに森があって、その側だ。まあ、もうちょっと歩くな」

その言葉で、十代の表情に少し不審が浮かんだ。

「道、覚えてるんだよな?」

「流石に自分の家くらいわかるって!」

ヨハンは苦笑しながら反論した。
いくら酷い方向音痴だからといって、地元の街で迷うほどではない。ついでにそれほど都会でもないから、街並みは三年前とほとんど変わっていない。

「だよなぁ、悪い悪い。ルビーたちと出会ったのはアカデミアに入ってからって聞いてたから、不安になってさ」

宝玉獣の道案内が期待できないから。
ヨハンは十代の頭を小突く。別にいつもルビーたちに頼っているわけじゃない、と言えば、だから迷うんだろう、と返された。
正直、反論できない。

「まったく騒がしい奴らだ・・・・・・で、何を隠している?」

万丈目が切り出したのは、家がまばらになり通行人がほとんどいなくなったからだ。
前を行く二人の肩が跳ねる。擬音をつけるとすれば、「ぎくり」だろう。

「この俺が気付かないとでも? さあ、家に着く前に吐け」

腕を組んで立つ万丈目は、微妙に笑みを浮かべている。二人は顔を見合わせ、大人しく話しておいた方が良さそうだと頷きあった。
しかし、体制は若干逃げ腰だ。

「いやさ、親に手紙で恋人ができたって送ったら、連れて来いってことになって・・・・・・」

「で?」

「姉さんたち―――あ、二人いるんだけどさ―――も、楽しみにしてるって」

「最初その話を聞いたときは、オレ嬉しくて涙出そうだったぜ」

十代がしみじみと頷く。
確かにそれだけなら、末っ子の恋人を歓迎する心優しい家族だ。しかし、まだ何かある。でなければ、無理やりに休暇の日程を合わせてまで万丈目を連れて来る必要が無い。いくら母親に言われたからといっても、人気の新人プロ決闘者として忙しい日々を送っている三人なのだ。
ヨハンは言いにくそうに先を続けた。

「その電話で、俺はふと気付いたんだ」

エメラルドの双眸が、どこか遠くを見つめる。

「恋人が男だって、伝えてなかった・・・・・・って」

「このど阿呆!!」

つまりヨハンの家では、可愛い彼女を連れて帰ってくる末っ子を家族が待っているのだ。彼女ではなく彼氏だということも知らずに。

「肝心なところを何故伝えない!?」

「母国語で手紙書いたから、恋人って意味で『彼女』って単語使っちまったんだよ!」

「そんなミスをするな!!」

ちなみに、ヨハンの母国語はドイツ語だ。
要はヨハンの自業自得なのだが、どうやらそれに万丈目を巻き込むつもりらしい。

「聞いたときは、一瞬気が遠くなったぜ」

十代が背を向けて天を仰ぐ。喜んでいた矢先、まさかの展開だった。

「それはわからんでもないが、何故俺が一緒に行かねばならん!?」

「決まってるじゃないか! 説得に協力してくれ!!」

一家揃って、全く熱心ではないが一応クリスチャンなのだという。同性愛は御法度だ。
万丈目にそんな家族の説得に加われと言うのだ。

「何故俺が!?」

「オレたちがくっついたのは、おまえのおかげじゃないか!」

「そうだ! だからお前にも責任がある!!」

「あってたまるか!!」

万丈目は素早く踵を返した。まだ間に合う。今ここで二人を振り切って帰ってしまえばいいのだ。

「待て!」

「ぐお!?」

しかし、逃げようとした万丈目に十代のタックルが決まった。硬くなった雪に顔面をぶつけ、万丈目が呻く。

「逃がさないぜ・・・・・・!」

「逃がせ! 馬鹿者!!」

十代が腰にしがみついて、立ち上がるのを妨害している。その間にヨハンが回り込み、万丈目の前にしゃがみ込んだ。

「なぁ、頼むよ。アメジスト・キャットみたいな姉さん二人と、笑顔で無茶苦茶な母さんが相手なんだ。こっちも三人で臨まないと」

「そうそう。チーム戦は人数を合わせるのが基本だろ?」

「それは決闘やスポーツの話だ!」

必死の突っ込みにも、結託したバカップルは怯まない。

「乗りかかった船じゃないか、最後まで乗っていけよ」

「腹くくってくれ」

「お前らぁ〜〜〜!!」

もがく万丈目を逃がす気など、二人にはない。


冷たい雪の上での攻防は、万丈目が諦めて腹をくくるまで続いたのだった。

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